静止という進歩

24.05.2017
Etienne-Jules Marey (1830-1904) - chronophotographie d'un vol de héron

Etienne-Jules Marey (1830-1904) - chronophotographie d'un vol de héron

エティエンヌ=ジュール・マレー(1830-1904)は、世界を異なる観点から見ようとしていました。瞬間を切り取り、動物と人間の動作、運動、移動を分解する連続写真は、感覚に頼らない測定器具として、こうした試みの第一歩となりました。

マレーの功績には、正当な評価と間違った認識が入り混じっています。マレーが科学実験に導入した写真に関する発明への評価は正当なものですが、彼の研究によって生み出された技術的進歩を、アートや映画の歴史にことさら結びつけようとするのは間違っています。画像の連続が映像となるように、事実の連続はストーリーを紡ぎます。しかし、彼の発明と写真や映画とのつながりは因果関係というべきもので、後に作り上げられた物語に過ぎません。マレーは写真史上、重要視され、映画の先駆者とされています。それは事実ですが、彼の発明品、とりわけ写真銃とクロノフォトグラフィーが生んだ、偶然の結果でもあったのです。

マレーは、医師であり生理学者、またコレージュ・ド・フランスの博物学教授も務めていました。彼の科学研究分野は多彩(呼吸作用、人間と動物の生理学、流体力学、空気力学など)でしたが、すべての研究テーマにはひとつの共通点がありました。それは運動、そして速度を遅らせることによって、その仕組みを解明したいという願いでした。「私は生命の最も明白なしるしである運動に魅了され、自然法則の基礎をなす仕組みを理解したいと心から願っている。運動の軌跡を視覚的にとらえるために、あらゆる方法を模索しているが、これは感覚というものを信用していないからだ。感覚はあまりにも遅く、誤解を招きやすい。軌跡は残るが、運動は消え去ってしまう」 

煙の流れ、鼓動、脚、羽、ひれなどを調べる過程で、マレーは「身体の動きを視覚的に記録する」機器を設計し、最終的には写真器具や装置、撮影方法を開発しました。その目的は、図案化された直線や曲線から、時系列に沿った定量的なデータを抽出することでした。動きを可視化し、肉眼での観察を可能にしたこれらの記録によって、マレーは一般的な運動(歩く、飛ぶ、泳ぐ)に関する生理学的機能のモデルを確立するという第一目標を達成することができました。とはいえ、マレーは新しいアイデアを試したり発明品を制作したりするなど、彼自身の言葉によれば「ガラクタいじり」の方を好み、分析は他の人に任せることも少なくありませんでした。

ゾートロープとクロノフォトグラフを使うことで、マレーは「裸眼で観測するには速すぎる動きを、分析できる速度にまで遅らせること」ができました。この方法によって、「運動の本質である空間と時間の関係」を観察することが可能になったのです。皮肉なことに、動く画像を作る映画に対し、マレーが求めたのは、刻々と変化する運動を静止させることでした。彼の撮った写真は、静止状態にあるものに時間を吹き込み、まるで時間そのものを写してしているかのように見えます。マレーの挑戦は成功を収め、彼の写真はアイコン的存在になりました。「これらの写真にある黒の沈黙、あるいは白の軽さ以上に、神秘的で叙情的、それでいて激しく現代的なものはない」(アンリ・ラングロワ、フランスの映画協会、シネマテーク・フランセーズの共同設立者)。

マレーの才能は後世に多くのものを残しました。彼が撮影した連続写真は、20世紀初頭、機械時代の動きをとらえようとした実験的絵画にも影響を与えました。未来派のジャコモ・バッラ(『バルコニーを走る少女』)、 ウンベルト・ボッチョーニ、そして、マルセル・デュシャンと、マレーの連続写真に着想を得たとされる『階段を降りる裸体No.2』…。動きのメカニズムを描写した彼らの作品は、さまざまな運動の様相を線で表した、マレーのクロノフォトグラフによる図形に似ています。マレーの写真は多くの現代アーティストに賞賛されています。それだけでなく、身体の動きをとらえ可視化する現代的な手法は、マレーの使っていた装置から発展したものです。カメラにセンサーやマーカーが付け加えられたことで、体系的なデータが作成できるようになり、画像の合成やアニメーション化が可能になりました。デジタル技術は新しいものですが、その背景にある原理は同じなのです。

マレーは、何よりもまず、科学者でした。そのため名誉を求めて、あるいは商業目的や娯楽目的のために、自分の発明を改良するようなことはしませんでした。しかし、生物学の代わりに機械を使って画像を時系列に並べ、また論文よりもデータのグラフ化を好んだ彼は、未来を予見させる変化に弾みをつけ、当時芽生え始めていた芸術にも関わっていくことになります。

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