逆遠近法

30.03.2017
Andreï Roublev (1360/70 - 1428) -  Archange Mikhaïl de Roublev de la déisis de la Dormition de Zvenigorod (1420),  Galerie Tretiakov, Moscou

Andreï Roublev (1360/70 - 1428) - Archange Mikhaïl de Roublev de la déisis de la Dormition de Zvenigorod (1420), Galerie Tretiakov, Moscou

遠近画法は二次元の空間に立体感と奥行きを与え、目に映る世界を写実的に表現しているように思えます。しかし実際には、それはすべて作り物であり、まやかしです。そこにある現実は、観念的な錯覚に過ぎないのです。

パーヴェル・フロレンスキイ(1882-1937)は、1919年に著した論文『逆遠近法』の中で、誰もが畏敬の念を抱くルネサンス芸術と照らし合わせながら、ロシアのイコンに再び光を当てました。自身の歴史や技術に関する確かな学識、また美学と宗教への信念に支えられ、著者は遠近法表現について分析しています。現代人にとって遠近法は、子供の頃から教えられるあたりまえの画法のように思えますが、その実体は、文化人類学的な世界観と慎重に計算された数学の産物です。

本来のイコン(ビザンティン時代に生まれロシア全土に広まった正教会の聖像画)は、キリスト教の聖人や天使を描いたものです。そこに表された聖人たちの存在感ゆえに、これらの絵画は神秘的な雰囲気を纏っています。ここで言う存在感は、遠近法による写実的な表現とは対照的です。どんなイコンも一見、比率、輪郭や色の強調をはじめ、視覚的な原理から逸脱しているように見えますが、その選択は形式上正しく、偉大な画家たちが習得し発展を重ねてきた画法であり、イコンを象徴的するものとなっています。イコンは、生命を模した絵画ではなく、生命そのものを描いているのです。

フロレンスキイ曰く、遠近法とは絵の描かれた平面 – 鑑賞者の視点と、平行線が集束する想像上の消失点との間にある空間 – に介在するものであり、それは古代ギリシャの舞台美術で初めて使われた、目に錯覚をもたらすための画法を思い起こさせます。遠近法は、ただ視覚を欺き、“本当らしさ”を与えるために用いられていました。フロレンスキイは、古代エジプト人やギリシャ人は遠近法に関する理論を進めるに十分な数学的および幾何学的知識を有していたにも関わらず、中国美術と同様、その必要性を感じなかったと仮定しています。

14世紀前半、遠近法理論を用いた作品を初めて発表したのは、天才画家ジョットでした。フロレンスキイの信念とは裏腹に、15世紀にかけて、フィリッポ・ブルネレスキ、パオロ・ウッチェロ、『絵画論』を著したレオン・アルベルティなどイタリアの人文主義者たちをはじめ、多くの者がこれに続きました。そしてついに、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ラファエロ、ミケランジェロが、遠近法に理論的、実証的、美学的な地位を与えるに至ったのです。

ここでフロレンスキイは、これらの画家たちの最も偉大な作品が、遠近法の名手でありながら、芸術性のため、あるいは意図やメッセージを伝えるために、その法則を無視したことで生まれたと論じています。代わりに使われているのは、人物の背の高さを視点からの距離ではなく、それぞれの重要度によって描き分ける逆遠近法や、大きな意味を持つ要素を強調するために、異なる複数の視点を用いるといった学術的な手法。真の芸術を求めた結果、遠近法による偽りが排除されたとしています。

この論文の目的は、<真実であること>と<真実のように見えること>を比較するだけではなく、現実を象徴的に表した原始的な絵画と、遠近法理論に忠実に描写する近代絵画の対立を避けながら、さらなる持論を展開することにありました。それは、遠近法自体もまた象徴のひとつであるがゆえに、近代化という最終目的に合致する、というものです。フロレンスキイは、科学的原理や法則を挙げながら、絵画におけるリアリズムが不可能であることを立証しようとしました。立体のすべてを平面に移すことはできません。卵殻の欠片も平面上では塵のように小さくなってしまいます。写実的な自然主義は非現実的なのです。

遠近法は本来の姿を偽る象徴主義であり、それゆえに、不自然で不合理な条件が要求されます。たとえば、鑑賞者が完全に静止していること、視点を得るためには片目だけを使わなければならないこと、視覚以外の感覚や動き、心理や記憶を捨て去ること…。したがって、遠近法は絵画の本質である<象徴の創造>に背を向け、観念的な意図のもと、<偽りの像による幻想>に身をゆだねた手法だといえるでしょう。

遠近法にとって重要なのは、計測可能で機能的なユークリッド的空間の中にある秩序です。遠近法による絵画は、精神の働きに背き、その空間と時間の範囲内で、ある方向性を指し示します。そこは慣れ親しんだ世界、あらゆるものが規則正しく、何がどうあるべきか、どう関連し合うのかは、法則に支配されています。フロレンスキイが言うところの、西欧的なブルジョワ社会、なのです。一方、真の芸術は、あらゆる物事を新鮮な目で、自由に表現します。顔、手、壁、木…直感に逆らう遠近法を植え付けられる前の子供が、自分の知っているものをクレヨンで無邪気に描くように。

遠近法とは蜃気楼です。その世界は劇場の舞台であり、決して現実ではありません。遠近法は近代化が始まったルネサンス時代に出現し、原始的な蒙昧主義からの進歩として、美術史家たちから支持されました。結果、数学的な空間表現である遠近法は世の流れと結びつき、神学的な芸術に取って代わります。それは目的論的な芸術、すなわち芸術を最終的な目的のためにある存在とみなし、すべての関係性を歴史的着地点へと導くものでした。遠近法が指し示すものは、生きた世界ではなく、認識すべき世界なのです。

 

パーヴェル・アレクサンドロヴィチ・フロレンスキイ(1882-1937)

神学者、哲学者、数学者、発明家、司祭。その才能と博識、情熱から、同時代の人々からはパスカルやダ・ヴィンチと並び称された。スターリン体制の下、グラーグ強制収容所に送られ処刑された殉教者。

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