記憶の匂い

17.03.2017
Flacon d'eau de toilette (cheramy) A REDECOUPER STP

匂いの持つ記憶を呼び起こす力 シャンタル・ジャケによる寄稿

ずっと前に嗅いだ匂いが何年も経ってから、その人自身の匂いとひとつになり、ミステリアスな世界を形づくることがあります。嗅覚は記憶とつながっているようです。記憶の痕跡を秘めた香りに触れると、かつての自分の存在を示す数々がふいに現れます。多くの詩人や作家が、この匂いの持つ記憶に働きかける力や過去を呼び戻す効果について、考えをめぐらせてきました。モーパッサンは『死の如く強し』の中で、匂いから過去がふと蘇る様子を次のように描写しています。

通り過ぎる女たちのドレスから、衣ずれの音と共に放たれる、かすかな香り。それは幾度となく、長らく忘れていた過去の出来事を彼に思い出させた。香水瓶の底に潜んでいた、過ぎ去った人生の残滓を見つけたことも、一度や二度ではない。街路や野原、家や家具の中に漂う匂い、心地よいものもあれば不快なものもあるが、夏の夕暮れのなまぬるい香り、冬の夕暮れの冷たい香り、どれも遠い記憶を蘇らせる。匂いそれ自体が、まるでミイラを保存するために使われた香油や樹脂のように、死者を腐らせず保っている。

匂いは生きた記憶、忘却に抗う私的な人生の凝縮であるかのように見えます。思い出をゆがめる間もないほど自然に、無意識のうちに進む連想ゲーム。そのため人は、驚くほど明瞭に、自身の過去に引き戻されます。匂いに導かれた記憶が、眠っていた自我を目覚めさせ、忘れ去られていた魂の体験を浮かび上がらせる…。以前抱いたことのある感情や感覚を通じて、何層にも重なった自意識を掘り起こすのです。ガストン・バシュラール曰く「あらゆる子供時代の匂いは、記憶の寝室に灯る照明である」。こうした匂いは記憶や自我の忠実な守護者であり、変化する人生の中で手つかずのまま残っています。その人自身の匂いと周りに漂う匂いが混ざり合い、二つの意味で、互いの本質(エッセンス)が明らかになります。嗅覚という観点から言えば、人とはそれぞれが持つ匂いの集大成なのです。

 

シャンタル・ジャケ

パリ第一大学パンテオン・ソルボンヌ近代哲学史教授。”Philosophie de l’odorat(匂いの哲学)”(Presses universitaires de France刊)など、哲学に関する著書を多く持つ。