薔薇の下で

20.01.2017
Écusson avec rose et glaive, placé au plafond, à Rhodes (© edlimphoto)

Écusson avec rose et glaive, placé au plafond, à Rhodes (© edlimphoto)

『Rosa Mundi(ロサ ムンディ)』コレクションから“sub rosa(スブ・ロサ)”という言葉を思い浮かべることは、まずないでしょう。実際、ふたつの薔薇はまったく対照的です。『ロサ ムンディ』の薔薇が声高に語るのに対し、静かな声でささやくように話しかけるスブ・ロサ…この薔薇は、沈黙と秘密の象徴なのです。香りに満ちあふれた『ロサ ムンディ』、一方”スブ・ロサ”のそれは、もっととらえがたい何か…。

ラテン語の“sub rosa”を直訳すると「薔薇の下」。秘密裏に行われること、密室での他言無用のやり取りを意味します。中世の頃、部屋に吊るされた一輪の薔薇の花、あるいは天井に描かれた薔薇の絵は、そこに集まった人々の間で交わされた会話の秘密が守られることを示していたそうです。格言の全文は”sint vera vel ficta, taceantur sub rosa dicta”.「それが真実であれ虚偽であれ、薔薇の下で交わされた会話は、ひと言も外に漏らしてはならない」のです。

古より、薔薇は口の堅さや沈黙と結びついていました。古代エジプトやギリシャでは、宗教的なイニシエーション(通過儀礼)において、参列者は薔薇の冠もしくは首飾りを身に着けました。また、古代エジプトの神ホルスには、子供の姿で閉じた口元に指をあてている像があります。この子供のホルス“Hor-pa-khered ”は後に、ギリシャ神話に登場する沈黙の神、ハルポクラテスとなりました。神話では、ヴィーナスの戯れについて沈黙を守ったハルポクラテスに、感謝のしるしとして薔薇の花が贈られたとされています。しかし、この謎に包まれた神を象徴するシンボルは数多く、それは薔薇、あるいは蓮の花、もしかすると蔦だったのかもしれません。いずれにしろ、“スブ・ロサ”という表現がどのようにして根付いたのか、確かな答えはまだ見つかっていません。

後の時代にも、その語源を示唆するものがあります。中世ヨーロッパでは、5枚の花弁を持つ白い薔薇は五感を表すだけでなく、秘密厳守と沈黙の象徴でもありました。この薔薇の彫刻が施された告解室を見たことがあるかもしれませんね。ルネサンス期には、錬金術師を擁するキリスト教の秘密結社が独自の言語を用いていましたが、その中でも薔薇はさまざまな意味を持っていました。中世の秘密結社といえば、薔薇十字団の名が頭に浮かびます。しかし、この名前の由来にも多くの解釈があり、伝説的な創設者であるクリスチャン・ローゼンクロイツにちなんで名付けられたに違いない、神秘主義者たちが自然に存在する神聖な素材として使っていた薔薇の花や、その露に由来するのでは、などなど…神話やシンボルの世界では、生きとし生けるもの、森羅万象は時代や提唱者の意思によって変様するのです。

というわけで、“スブ・ロサ”の成り立ちについては、推測するほかありません。もしかすると、ただその秘密を知る人々が「口を固く閉じる」という誓いを守ってきただけなのかもしれませんね。掟を破ると何が起きるのでしょう。これこそまさに”découvrir le pot-aux-roses”(直訳:薔薇の鍋を見つける/意味:秘密を嗅ぎつける)ですね。