穏やかな海を旅して

24.08.2017
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diptyqueの歴史は常に旅への賛辞にあふれています。その香りを嗅いだ瞬間から、あなたは旅人。現実の潮流、空想の浜辺、水平線の向こうへの航海、あるいは停泊したままの船旅…。限りなく広がる風景への憧憬は、一時の気まぐれなどではありません。パフュームはそんな旅への誘いです。

「diptyqueにとって、香りとはアートであり、アートとは旅である」この言葉は少し仰々しく聞こえますが、多くの人々の記憶の海に、そして創業者たちが見た放浪の夢に、深く碇を下ろしています。1968年に発表された最初のオードトワレ『L’Eau(ロー)』以来、diptyqueのフレグランスは、遠い異国の記憶の中にある香りを抽出して創られてきました。ここで言うアートとは、香りによってイメージや印象を映し出し、想像の世界や懐かしい記憶を再現したフレグランスを創造すること。中国のインクで描かれたイラストレーションは、こうした結びつきをさらに強めています。「旅」とは広がりのある言葉なのです。

すべては3人の創業者たちから始まりました。彼らはさまざまな国で暮し、世界の広さと異なる文化、またそこにしかない香りを体感しました。イヴ・クエロンは、フランスから船に揺られて海を渡り、幼少期を東アジアで過ごした後、大人になってからは舞台監督としてヨーロッパ各地の劇場を回りました。スコットランドの家系に生まれたデスモンド・ノックス=リットは、アイルランドに移り住み、大英帝国ゆかりの物語や品々に育まれ、クリスチャンヌ・ゴトロは、北西アフリカの伝統的なグラフィックアートを愛好し、たびたびこの地を訪れています。この3人の仲間たちには、ほかにもお気に入りの場所がありました。地中海沿岸と東南アジアです。

『L’Eau(ロー)』は、気候風土の違う異郷を夢見る新米船乗りの旅のようです。香りのインスピレーションはルネサンス期にまで遡り、人々の熱い想い、そして伝統という束縛から解き放たれた時代の精神(エスプリ)との出会いに由来しています。このとき、舫は解かれたのです。『L’Autre(ロートル)』は当時のシリア、そしてほかの高度に文明化された社会へのオマージュ。『L’Eau Trois(ロー トロワ)』は、エーゲ海のアトス山に佇む修道院を想起させ、『Philosykos(フィロシコス)』は、ギリシャにある海を見下ろす野生のイチジクの林、『Volutes(ヴォリュート)』は、子供の頃サイゴンからマルセイユへと航海する大きな客船の上で嗅いだタバコの匂いを思い起こさせます。『Tam Dao(タムダオ)』や『Do Son(ドソン)』はかつて仏領インドシナだったベトナム、『Olène(オレーヌ)』はベネチアの休日、『Ôponé(オポネ)』は古代アジアから渡来した神秘的なスパイス…。すべてのdiptyqueの香りに、旅への想いが込められています。

旅とは、ここではないどこかへ行くこと。そして香りとは、遠く離れた世界、イメージの喚起、日常からの解放、はかない夢、放浪、未知、逃避、景色の変化、新たな発見、思い出…。パフュームを通じた旅はひとつの芸術であり、遥かな土地、夢、時代、風景など、内なる表現に調和をもたらします。