扇の歴史

09.08.2016
La robe Jaune (James Tissot, 1836-1902), Musée d'Orsay

La robe Jaune (James Tissot, 1836-1902), Musée d'Orsay

扇の歴史を広げるようにひも解くのは難しいでしょう。なぜなら、それはおそらく、時の経過と共に今日まで進化し続けているから。最初の扇は、ある男が空に羽ばたく鳥の翼を見たときのひらめきから誕生しました。以後、扇は日常の暮しの中、あるいは厳粛な場において、さまざまな目的で使われるようになりました。扇は、熱い風も涼しい風も送ることができるのです。

ヒンズー語で、扇は“pankha”や”pankh”と呼ばれています。「鳥の羽」という意味です。その翼はさらに北へと羽ばたいて中国へも伝わり、「屋根の下の羽」を示す「扇」という漢字で表されています。こうした発想の類似は当然のことで、何か平たいものを使って風を起こすことにより、火をおこし、虫を追い払い、涼をとるといった行為は、人類の歴史においてかなり早い時期から暮しの中に定着していたと思われます。マヤ族、アフリカの王族、ギリシア人、ローマ人、エルトリア人…みなそれぞれ独自に扇を発明しました。現存する最古の扇は、中国・湖南省にある紀元前2世紀の馬王堆漢墓で発見されたものですが、色付けされた扇は、紀元前3千年世紀のエジプトの墳墓からも見つかっています。当時、ファラオの従者にとって、羽根で作られた柄の長い大きな扇 ”flabellum” で君主をあおぎ、涼を運ぶことが、非常に名誉ある仕事とされていたようです。扇は “Chou” 、大地に吹き豊穣をもたらす風を象徴するものでした。

扇はただ風を起こすための道具に過ぎないのですが、どういうわけかつねに権力者の装飾品でもありました。ファラオ、皇帝、王と女王、ローマ教皇(1975年以前)、各界の大立て者…世の重要人物にとって、扇はなくてはならないものだったのです。さらに、歴史の裏側では、男性を惑わせるためのアイテムとしての一面もありました。殿方を誘惑しようとする女性たちが、謎めいたオーラを醸し出すために。「よろしくてよ」あるいは「ごめんなさい、またの機会に…」といった意思表示をするための小道具としても使われました。

しかし、扇を現代のような形に飛躍的に発展させたのは日本でした。扇は中国を経由してこの島国に伝えられましたが、日本人はなんとそれを折り畳んだのです。その使い道は巧みで多彩でした。平らな団扇(うちわ)は、台所などで実用品として使われていました。一方、折り畳むことができる扇子は、中世の頃「扇(おうぎ)」と呼ばれ、雅な宮廷人だけでなく庶民の間で儀礼の道具として、後に能や歌舞伎でも仕草を通じて語るための小道具として利用され、中国同様、舞踊や武術にも用いられていました。歴史に名を残す偉大な画家たちも扇に絵を施していました。また、鉄で作った骨組みに白い布を張り中央に日の丸を描いた、武将が陣中で指揮に用いた「軍扇」と呼ばれる扇もありました。扇子は今もなお、アジア文化において普遍的なものです。

16世紀になると、扇はポルトガル人入植者たちによってヨーロッパにもたらされました。リスボンの市場から宮廷にいたるまで、扇は儀礼の具、そして贅沢品として広まり、特に工芸品の伝統があるフランスとイタリアで流行しました。フランスでは、1533年、アンリ2世に嫁ぎ女王となったカトリーヌ・ド・メディシスによって知られるようになりました。また、かの英国女王エリザベス一世のお気に入りの品でもあり、扇以外の贈り物は受け取らなかったと言われるほどです。上流階級の淑女たちも女王にならい、扇の人気は一気に高まりました。17世紀、扇はヨーロッパで全盛期を迎えるのですが、フランス革命によって一掃されてしまいます。ですが、19世紀、デュベルロワ氏のおかげで人気が再燃し、それはベルエポック期まで続きました。

ヨーロッパにおける扇の歴史はその後もずっと続くのですが…ここで、さまざまなパーツからなる扇子の構造についても語っておきましょう。地紙や地布を貼付ける親骨、板状に揃えられた薄くしなやかな扇骨、天と呼ばれる扇面の一番上の部分、要と地紙の間にある中骨、留め金、骨を留める要、形状維持のための責と呼ばれる帯紙など。扇骨を固定し、リボンなどの装飾を施した扇は、brisé(そよ風)と呼ばれています。

扇の各部品には繊細で希少な素材が使われており、製造には特殊な技能を要しました。革職人、金箔師、手袋職人、香り付けした地紙にひだをつけるための職人、木工細工の専門家、金細工師にいたるまで、さまざまな名工たちが集められたのです。17世紀、こうした職人同士の間で訴訟沙汰がありました。事態が悪化したため、ルイ14世王朝の大臣であったコルベールは、1678年、扇子製造およびその技術を管理する扇子職人組合(後のフランス扇子組合)を起ち上げ、なんとか騒動を収めました。自然発生的に生まれ、長い歴史を持つ扇ですが、こうした細かな部品は、さまざまなアイデアを積み重ねて洗練され、今日にいたっています。

モードの世界でも扇子は風を起こしました。その風は、あらゆる文化、社会階層を席巻しています。本来「あおぐ」という動作があってこその道具なのですが、扇子は広く世界中の工芸作家たちの関心を集め、時代の空気に挑み続けています。