思い出を閉じ込めて

15.09.2017
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『サン・ジェルマン34』は、diptyque第1号店から生まれたパフュームです。店内には、あふれんばかりの目に見えない香りが漂っています。それは、歴史が刻まれた、実体のない地層。そんなロマンティックな思いをボトルに閉じ込めるには、ある技術的な課題を乗り越えなければなりませんでした。

遡ること2007年。創業50周年に先駆けて、diptyqueではこの特別な機会を祝う香りを開発すべく、さまざまなアイデアが交わされました。ブティックの香りをパフュームにするという夢のような発想が生まれたものの、そのときはまだ空想の産物でしかありません。それが途方もない挑戦であることがわかるまで、時間はかかりませんでした。

フレグランスを創作することになった「鼻」はオリヴィエ・ペシュー。しかし、その挑戦を可能にした人物こそ、ローマン・カイザー博士でした。スイスの香料メーカー、ジボダン社の研究所に所属するこの著名な化学者は、不安定で繊細な揮発性の香り、なかでも採取の難しい希少な花々が発する香り成分を捕集する「ヘッドスペース法」の第一人者でした。これはガラスドームで植物を覆って不活性ガスで満たし、分離した香り成分をポリマーに保存するという、過去に使われていたアンフルラージュ(冷浸法)と同様の技術です。この作業は長い時間を要しました。その後、捕集したサンプルには、各分子を分離するガスクロマトグラフィー、そして抽出されたそれぞれの分子の比率を測定する質量分析法により、高精度のシーケンシングを行います。こうした過程を通して、分子の特性を割り出し、合成するのです。

香りの分子の探求者であるカイザーは「ヘッドスペース法」を携え、絶滅危惧種の花々を求め、さまざまな難所を訪れました。アマゾン川流域、パプアニューギニア、アルプス山脈…。彼は香りを追っていくつもの長い冒険に身を投じています。diptyqueのブティックの香りを捕えるという試みは、まったく新しい挑戦となりました。当然のことながら、そこにたどり着くまでは問題ありません。けれど、いかにして店全体をガラスドームで覆えばいいのでしょう?店内は香りに満ちており、波打つようにうねり、さまよい、動き回る分子が、絶え間なく漂っています。カイザーは、ブティックを隅々まで調査し、香りを分類しながら、カプセル化を何度も繰り返さなければなりませんでした。これが2008年のこと。香りが捕集され、合成されると、カイザーは調香師、オリヴィエ・ペシューにバトンを渡しました。ペシューはその後、2年間かけて、この世にも珍しい香り成分をパフュームへと変貌させます。それはdiptyqueというブランドの個性や、ものづくりのスタイル、メゾンの歴史を表現するものでした。この香りはやがてボディケア商品にも使われるようになります。

突飛な発想から生まれ、巧みな再構築を果たした『サン・ジェルマン34』は、diptyqueが創業50周年を迎えた2011年、その名と同じ場所に居を構えるブティックで販売されました。ボトルはガラスドームを模した釣り鐘型。こうしてサン・ジェルマン34番地の香りは創られ、世界中で多くの人々に愛用されるようになりました。このパフュームの物語は、人生にも当てはまるかもしれません。おとぎ話のように見えて、そこには真実が散りばめられているのです。