リチャード・モス『ラヴィアンローズ』

11.02.2016
Richard Mosse - Platon, 2012 (digital c-print dimensions variable) ©Richard Mosse.  Courtesy of the artist and Jack Shainman Gallery, New York.

Richard Mosse - Platon, 2012 (digital c-print dimensions variable) ©Richard Mosse. Courtesy of the artist and Jack Shainman Gallery, New York.

リチャード・モス『ラヴィアンローズ』 エロディー・モレルによる寄稿

壁を取り払い、世界を違った目で見てみると、希望に満ちた光と色と共に、今まで見えなかったものが少しずつ現れてきます。目の前に広がるのは、見渡す限りピンクや紫、マゼンタが散りばめられた景色、おとぎ話の舞台を思わせるパノラマ。曲がりくねりながらもなお銀色に輝く川の流れに沿って、私たちは別世界へと誘われます。手前には、まるで真紅の天蓋で覆われたような、一本の不思議な木が誇らしげに立っています。この広大な風景の中で人間の営みを示すものは、はるか遠くに見える黒と白の点々だけ。ピンク色に染まった自然の光景の美しさに、思わず目を奪われてしまいます。 

心に浸みいるこの作品は、アイルランド出身の写真家、リチャード・モスによるものです。1980年、クエーカー教徒の家に生まれたモスは、ロンドンのゴールドスミス・カレッジで美術を、米国イェール大学芸術大学院で写真を学び、現在はニューヨークに在住しています。世界各国の紛争地での撮影を経て、彼が向かったのはコンゴ民主共和国。中でも戦闘の激しい南キヴ州で、武装勢力と行動を共にしながら2年間を過ごしました。

16mm赤外線フィルム(コダック・エアロクローム)を使って撮影された彼の作品は、戦争写真の概念を変えました。これは1940年代、米軍がカムフラージュされた敵を識別するために開発したフィルムで、植物に含まれるクロロフィル(葉緑素)が波長域500ナノメートル前後の光を反射することにより、緑色がピンク色やマゼンタに写ります。赤外線写真は1960年代にも注目を集め、ジミ・ヘンドリックスなどのアーティストがアルバムのジャケットに使用しました。幻覚を連想させる写真の色調が、ある種の美的感覚、とくに当時流行していたサイケデリック・カルチャーを反映していたのです。リチャード・モスもまた、この効果を利用しました。ですが、それはただ視覚的に美しいからというだけではなく、感性に訴えることで世界への関心をより高めたいという思いからでした。

『The Enclave』という作品は、2013年、第55回ヴェネチア・ビエンナーレのアイルランド館にて初出展され、2014年、ドイツ・ボーズ写真賞を受賞しました。この作品は6つのスクリーンと6つのオーディオチャンネルからなるインスタレーションで、来場者が展示室に入るには、暗い通路を通らなければなりません。それが何かを暗示するかのように、観る者は不意に争いの渦中へと引き込まれます。スクリーン上に無作為に現れる画像を追いながら室内を右往左往していると、その超現実的な美しさに導かれ、深い苦悩の光景に没入していくのです。

リチャード・モスの作品はまさに、従来の報道写真、ひいては目に見えるものだけを信じさせようとする体制に対する挑戦です。この写真家は、快楽や誘惑を武器に、私たちの意識を一変させました。美しいイメージを通じて、苦痛や危険を語るのです。

自然は、あらゆる表現や解釈のテーマとなっています。攻略しようとする者、解明しようとする者、その形を変えようとする者…リチャード・ロングやロバート・スミッソンといった多くのランド・アーティストは、自然環境に挑むようにして実験的作品を発表してきました。しかし、リチャード・モスはまったく別の方法で自然と対話しています。彼がたどる道はコンゴから私たちが暮らす国々へと続き、互いの架け橋となって美の翼を広げ、生命の神秘を実感させてくれるのです。その美しさは心をとらえ、慌ただしい日常を送る私たちを立ち止まらせます。そこにある自然は、私たちの心と体を満たし、皮肉や不快感と共に、思いがけない力で現実へと目を向けさせます。リチャード・モスの『ラヴィアンローズ(ばら色の人生)』がもたらす自由、それは見る自由、考える自由、そして何よりも、「一面のばら色」とはほど遠い現実世界に立ち向かうことのできる自由なのです。

 

エロディー・モレルは『クリスティーズ・パリ』の写真部門セールスディレクターを務めています。