メイプルソープの花

16.08.2016
Robert Mapplethorpe, Orchid, 1982, Dye Transfer
© Robert Mapplethorpe Foundation.

Robert Mapplethorpe, Orchid, 1982, Dye Transfer © Robert Mapplethorpe Foundation.

花瓶に生けられた花の写真。ロバート・メイプルソープ(1946-1989)の作品の中では、彼の撮った男性ヌードに比べ、もっとも有名というわけではないかもしれませんが…。 70年代初期から20年間にわたり撮影された一連の花の写真が、Phaidon社から美しい写真集となって出版されました。 

1970年代初め、メイプルソープにポラロイドカメラを贈ったのは、メトロポリタン美術館の写真部門初のキュレーターである友人のジョン・マッケンドリー。メイプルソープは写真の腕を磨くため、友人たちに何時間もポーズをとらせるのではなく、花を被写体に選びました。年が経つにつれ、彼はゼラチン・シルバー、ダイ・トランスファー、カラー・グラビアといった新たなプリント・テクニックも用いるようになります。

花をモチーフにしたこれらの作品は、ディミトリ・リーヴァスの友情に負うところも大きかったようです。彼はこの写真集に心温まる序文を寄せています。「土曜日の朝は明け方に起きて、28丁目にあるフラワーマーケットに出かける。この市場は夜明けと共にオープンするからだ。そこでもっとも造形的な輪郭を持つ、自分の目にもっとも完璧だと思えるフォルムの花を選ぶ。それから僕は32丁目にあるロバートのアパートへ行って花を水に生けてから、ぶらぶら歩きながら26丁目のフリーマーケットへ宝探しに出かける。昼時になると、ロバートのアパートに戻って、やっと起き出して朝食を食べている彼に、手に入れたガラクタを見せるんだ。そのほとんどを彼は買い取って、午後3時か4時頃になると、その日の朝に僕が買ってきた花と掘り出し物を撮り始めるのだった」。またリーヴァスは、このフォトグラファーが愛した「アメリカン・アーツ・アンド・クラフト」な品々を探し求め、それらは花々を彩る撮影小道具として使われました。 

メイプルソープはひとつのアートとして花を愛しており、それが古典的題材でありながら新たなイコノグラフィーであることも理解していました。過去の表象にとらわれず、まったく別の視点で花を見つめ、淫靡な謎を与えたのです。その美しさの前で、観る者は戸惑いとある種の曖昧さを感じずにはいられません。そして、それこそがこのフォトグラファーがこだわった手法であり、彼の作品すべてに通じるものです。被写体が異質あるいは社会の常識に反するものであるときは、さらにいっそう古典的で厳格、幾何学的、形式主義的なアプローチを試みたのです。 

ラッパズイセン、バラ、ラン、アイリス、ストレリチア、チューリップ…それぞれの花は、彼の住まうアパートにあるスタジオで、差し込む夕暮れの光の中、厳しく鋭い洞察力をもった彼のレンズの前にその姿を露にしています。死の直前、彼は友人たちに別れを告げるため、モノクロームの写真を送りました。それは、白とグレーの空間に置かれた黒い花瓶に生けられている、しおれたチューリップの花束でした。元NYタイムズ批評家、ハーバート・デュシャンもまた写真集に序文を寄せ、当時のニューヨークそして写真史における花をモチーフにしたアート作品の文脈を語っています。本のデザインを担当したのはマーク・ホルボーンとディミトリ・リーヴァス。未発表作品を含め、モノクローム及びカラー275作品が植物の種類別に収録されています。 

 

Mapplethorpe Flora: The Complete Flowers, Phaidon社刊