トーマス・ルフ、星の王子様

21.01.2018
Thomas Ruff - 17H, 36M/-34° - (Christie's images LTD 2017)

Thomas Ruff - 17H, 36M/-34° - (Christie's images LTD 2017)

もし空を仰ぎ、数多ある星の中から謎に包まれた神の御業を見つけようとするなら、トーマス・ルフについて知るべきでしょう。巨大な写真の中で、夜の星空がありのままの姿を露わにしています。ルフの作品は抽象概念とリアリズムの交差地点にあります。この壮大な宇宙は、私たちの心を奪い魅了します。満天の星空を見上げる度に感じる、幾千年の神秘。ルフの作品を鑑賞することは、混沌や虚無を恐れずに、暗闇と向き合うということ。アーティストが部分的かつ意図的に切り取った銀河の暗さを眺めれば、夜の魔法に心が目覚めるでしょう。

トーマス・ルフの作品は、60年代末にベルント&ヒラ・ベッヒャー夫妻によって提唱された客観的な写真表現の延長線上にあります。ルフは、1977 年から1985年、デュッセルドルフ芸術アカデミーでベッヒャー夫妻のもと写真を学び、同校に在籍していたアンドレアス・グルスキーやトーマス・シュトゥルート、カンディダ・ヘーファーをはじめとする未来の偉大な写真家たちと親睦を深めました。この写真運動の根幹は、第二次世界大戦後に主流であった「決定的瞬間」をとらえる、より人間中心主義的な写真とは正反対のものでした。デュッセルドルフ芸術アカデミーでは、均一なライティング、正面からの構図、無背景、といった明確な決まりごとがあり、尊重されていました。ベッヒャー夫妻は、ドイツを旅しながら、匿名的な産業建造物を被写体に、完璧な客観性、完全な中立性を有し、感情や共感という要素を排した写真表現を確立しました。

ルフもこの流れに従い、 80年代に友人たちを正面から撮影した『Portraits』シリーズを始めました。目の高さで撮影し、心理的描写を排し、被写体と距離を置く手法は、ベッヒャー夫妻と同様でした。当時の標準的なフォーマットに反し、ルフの写真は2メートルを超えるほどの大きさで、それは観る者とって、今までにない写真との直接的な対面となることを意味しました。

この作品は、写真の役割、そして表現の力を問いかけるものでした。被写体との距離感覚といった要素を導入し、デジタル加工を施すことによって、ルフは現実との相似を拒否し、従来のより感情的な写真表現とも決別したのです。

ルフの作品の本質は、その実験的な表現手法にあります。最大の関心は技術と科学で、1989年から1992年にかけて制作された『Sterne』シリーズが、何よりもそれを証明しています。このシリーズは、70年代末、南米チリにあるヨーロッパ南天天文台の観測施設にて、高性能天体望遠鏡で撮影されたネガを使用しています。ルフは子供の頃、宇宙飛行士か写真家になりたいと夢見ており、自分の持つ機材が、思い描く星の写真を撮影するためには性能的に不十分であることにも気がついていました。

ルフに影響を与えたものには、ドイツの哲学者ヴィレム・フルッサーの写真に関する著作『写真の哲学のために』があります。この本の中でフルッサーは、写真が文字の誕生以来、最も重要な発明だとしています。また、1920年代にカール・ブロスフェルトが学生たちに造形美について説明するために撮影した植物の写真からも刺激を受けました。こうした芸術的な影響を自らの作品に取り入れていくことが、つねにルフの創造的プロセスの中心であったのでしょう。

ルフは自身が撮影した画像をいくつかのカテゴリーに分類しました。銀河、星間物質、高密度星、遠方の星…。こうしたものから、ルフは特定の部位をいくつか選んで慎重に拡大し、空間座標をそのままタイトルにしました。純粋に科学的かつ客観的な手法で、このアーティストは個人的な美学をもって、まったく新しい作品を生み出してきました。大きな印画紙の表面には、夜の闇に散りばめられた光が現れています。しかし、カメラのレンズがとらえているのは、数千年も前に消えた星々の光の痕跡だけ。ルフは敬愛するドイツのロマン主義をたびたびテーマに取り上げていますが、主観の排除や、日常品を芸術にまで高めたことで知られるマルセル・デュシャンの「レディメイド」についても言及しています。ルフの作品を観る者は、明確な現実、光と時間の肖像を直視することになります。夢と科学の狭間で、ルフは夜空を切り取り、星座を並べ、星々を静止させます。紙の上にある光の痕跡、忘れられた空間の情景、とらえ難いものを写したポートレート、ミザナビームのような作品。そこでは芸術が言葉のない物語として力を持つのです。