オウィディウスの変身物語

07.11.2017
Gustave Moreau (1826-1898) - Chute de Phaéton. Projet de plafond (Paris, musée d'Orsay, conservé au musée du Louvre)

Gustave Moreau (1826-1898) - Chute de Phaéton. Projet de plafond (Paris, musée d'Orsay, conservé au musée du Louvre)

ラテン語で“メタモルポーセース”とは変身の意。あるものが何か別のものに変わることを表します。世界の始まりから現代に至るまでを描いたオウィディウスの『変身物語』。その主題は、無からの創造という難解な思想ではなく、混沌の中で相反するものが調和していく過程です。

同一でありながら相反するという考えは、矛盾しているようにも見えます。諸物が混ざり合うためには、複数の要素が存在しなければいけないのですから。しかし、まさしくこれが、原初の混沌に特有の特徴なのです。自然の基本要素である大地、海、空は存在していましたが、これらは姿かたちを持たないひとつの塊に過ぎませんでした。「自然の相貌は同一だった」原初においては、すべてが同一物でありながら、不安定で雑然として、互いに反目し合っていました。大気には光がなく、大地も固まってはいません。それは、どろどろのブイヨンスープのように「たがいにばらばらな諸物の種子がひとところに集められ」ているだけでした。見分けることができなければ、名前をつけることもできません。ゆえに、太陽、月、曙の父であるティーターン神ヒュペリオーン、月の女神フォイベー、海神ポセイドンとその妻アムピトリーテーというように、さまざまな要素が擬人化されるまでは、もう少し待つ必要があります。名前なしにはどんな文学も生まれません。混沌とした理解不能な世界。その変遷こそが、古代ローマの詩人オウィディウスが叙事詩として綴った、人類の歴史における偉大な物語です。

すべての“メタモルポーセース”の始まり、最初の変身は間違いなく、空と大地と海が区分されたことです。そこには外部からの干渉があったのでしょうか?詩人の言葉は、部分的にですが、それを示唆しています。実際に「神がこの争いをやめさせた」と書かれています。しかし、それはあるいは混沌が自ら引き起こした変身、翻訳によれば、神になぞらえる「ひときわすぐれた自然」または「強大な自然」によるものだったのかもしれません。正しい解釈に至るにあたり、ラテン語の理解が必須となることに疑問の余地はありませんが、この言語はすでに失われてしまっています。果たしてこれは神の意志だったのか、それとも他にだれかが存在したのでしょうか?「それがどのような神であったにせよ」とオウィディウスは語っています。もしこの創造主が、後に多くの神々が現れる以前から存在したというのなら、自然から生まれた一神教ということでしょうか。オウィディウスは創造主について「よりよき世界の創始者である、あの創造主…」と言及していますが、この神がどこから来たのかについては謎のままです。事実として言えるのは、この物語における変身の歴史的過程が、この区分け、そして配置いう行為から始まったということです。創造主は、諸物を整頓して区分けし、別々の場所をあてがって、さらにそれらを結び合わせました。天のもっとも高いところに太陽が舞い上がり、その下には大気、そして大地は球のかたちにまるめられました。そして最後に、疾風に波立つ海が、陸地をとりまきました。いったんこうした境界が定められると、たちまち「長いあいだ暗い闇に押し込まれていた星たちが、くまなく全天に照り輝き始め」、「星と神々」が「天界」を「領有」します。ここで言う星々は、生きている存在です。たとえば第2巻では、美女中の美女であったニンフ、カリストーはおおぐま座に姿を変えます。

命限りある人間、そして情熱的かつ傷つきやすい神々の変身を物語るこの壮大な叙事詩は、かたちのない混沌に起因しています。人間と動物を区別しているもの、それは、人間を創造したプロメテウスが「人間だけは顔をもたげて天を仰ぐように」したことなのです。

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