『鏡』

23.11.2018
Joseph Edouard Stevens (1819-1892) - Chiens devant un miroir, Musée des Beaux-Arts de Dunkerque

Joseph Edouard Stevens (1819-1892) - Chiens devant un miroir, Musée des Beaux-Arts de Dunkerque

『鏡』(マルティーヌ ケントリック・セギ著『インドの賢者の物語』収録)

 

たいそう自惚れ屋の男が、家中でもっとも美しい部屋の壁と床一面を、鏡張りにしました。男は事あるごとにそこに閉じこもり、上・下・前・後、あらゆる角度から自分の姿を眺めては、惚れ惚れしていました。そしてすっかり気を良くすると、男は、勇んで出かけて行くのでした。

 

ある朝、男は部屋のドアを開けたまま外出してしまいます。そこに男の飼い犬が飛び込んでいきました。他の犬たちを見て、犬は吠えました。犬たちが吠えたので、犬は唸りました。犬たちが唸ったので、犬は威嚇しました。犬たちが威嚇したので、犬は激しく吠え立て、彼らに飛びかかりました。それは恐ろしい闘いでした…自分との闘いほど過酷なものはありません。犬は疲れ果て、命を落としました。

 

打ちひしがれた男が、鏡の部屋のドアを壁でふさいでいると、一人の修行僧が通りかかりました。

  • この場所から学ぶことは多い。開けておくが良い。
  • その意味は?
  • この世は、お前さんの鏡のように中立的なものだ。感嘆したり、不安がったり…我々の発するものを、そっくり映し出す。幸せだと感じれば、この世は幸せだ。不安だと思えば、この世は不安なものになる。我々は、絶えずこの世で自分の影と闘い、そのせめぎ合いの中、死んでいくのだ。

この鏡から学ぶがいい。すべての人間に、―幸せであろうが、問題があろうがなかろうが―すべての瞬間に、我々は人や世界ではなく、ただ自分の姿を見ていることを。これが分かれば、いっさいの恐怖も拒絶も闘争も、お前のもとを去るだろう。

 

 

 

(© éditions du Seuil)

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