『鏡』
23.11.2018『鏡』(マルティーヌ ケントリック・セギ著『インドの賢者の物語』収録)
たいそう自惚れ屋の男が、家中でもっとも美しい部屋の壁と床一面を、鏡張りにしました。男は事あるごとにそこに閉じこもり、上・下・前・後、あらゆる角度から自分の姿を眺めては、惚れ惚れしていました。そしてすっかり気を良くすると、男は、勇んで出かけて行くのでした。
ある朝、男は部屋のドアを開けたまま外出してしまいます。そこに男の飼い犬が飛び込んでいきました。他の犬たちを見て、犬は吠えました。犬たちが吠えたので、犬は唸りました。犬たちが唸ったので、犬は威嚇しました。犬たちが威嚇したので、犬は激しく吠え立て、彼らに飛びかかりました。それは恐ろしい闘いでした…自分との闘いほど過酷なものはありません。犬は疲れ果て、命を落としました。
打ちひしがれた男が、鏡の部屋のドアを壁でふさいでいると、一人の修行僧が通りかかりました。
- この場所から学ぶことは多い。開けておくが良い。
- その意味は?
- この世は、お前さんの鏡のように中立的なものだ。感嘆したり、不安がったり…我々の発するものを、そっくり映し出す。幸せだと感じれば、この世は幸せだ。不安だと思えば、この世は不安なものになる。我々は、絶えずこの世で自分の影と闘い、そのせめぎ合いの中、死んでいくのだ。
この鏡から学ぶがいい。すべての人間に、―幸せであろうが、問題があろうがなかろうが―すべての瞬間に、我々は人や世界ではなく、ただ自分の姿を見ていることを。これが分かれば、いっさいの恐怖も拒絶も闘争も、お前のもとを去るだろう。
(© éditions du Seuil)