『ヴェニスに死す』の砂時計

26.04.2017
Mort à Venise - affiche du film

『ヴェニスに死す』は、1912年に発表されたトーマス・マンの小説です。作品に感銘を受けたルキノ・ヴィスコンティ監督によって、1971年に映画化されました。劇中で流れ、忘れ難い印象を与えているのは、グスタフ・マーラーの交響曲第5番『アダージェット』。トーマス・マンは、知人であり敬愛するこの作曲家を念頭に小説を執筆していました。おそらくそれが、物語の主人公アッシェンバッハのファーストネームを“グスタフ”とした理由でしょう。グスタフ・フォン・アッシェンバッハは、原作では著名な小説家でしたが、映画の中では作曲家となっているのも合点がいきます。

この作品のテーマは、美しさの本質に関する考察 – 探求、熟考、そしてその危うさ – でした。小説の中で、究極の美を体現するのは10代の少年です。彼の美しさに惑わされ、正気を失った初老の芸術家は、蔓延しつつあるコレラも意に介さず、悪臭漂う荘厳な墓場と化したヴェニスにとどまり…やがて病に感染し、死を迎えるのです。

アッシェンバッハは、何かに取り憑かれたかのように、時間や現実の感覚を失っていきます。その心状は、彼が砂時計の思い出を語る場面に表現されています。「思い出すのは、同じ砂時計を持っていたこと…昔、父の家にあったものだ。逆さにすると、細いくびれの部分を通って砂が落ちるのだが、上にある砂の量はつねに変わらないように見える。砂は、下にある球体へと流れ出る最後の一瞬を待っているかのようだ。とてもゆっくりと落ちるので、そんな風に考える時間がある。だが、ついにすべての砂が流れ落ちる最後の瞬間、もうその時間はない…砂時計は空っぽになっているのだ」。